2014.10.12

あみちゃん今年の命日が終わるね





命日が終わろうとしています。

特に、普通に過ごし、思い出さないように、ように。
ただ、曜日が同じ、なんでね。
だから、七回忌なのかしら。

あの日、朝ものすごく寒くて、怖くて怖くて震えていたので
袖なしダウン着て、朝のあの場所に立ってたのを
ついうっかり、今年の秋のコーディネートを考えながら袖を通してしまい
ぶわーーーっと、あの日に戻りそうだったのを
全力で阻止し、夕べは寝ました。

珍しくあみちゃんは窓辺にずっと居たのは
ただの偶然か。
あみちゃんはどう思ってるのかな。
覚えてるのかな。
もう忘れたかな。
私と同じで、諦めてる、だけなのかな。

命日の、多分死んだと思われる時刻
今年はジャズダンスクラスで私が汗を流していた事を
どうか、どうか、クスリと笑っていて下さい。

2014/10/12

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2013.10.13

2013年の命日を終えて

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あみちゃん、お話できたかな。

だんだんと、気持ちが重いというか、空しくなってきて
逆に、普通の日常を過ごしたくなる、10月12日の命日。
当日お墓に行くのも気がすすまなく、事前にお掃除しに行ったし
おうちで、あみちゃんと、普通にすごしました。

パンケーキ焼いて
好物だった海老フライを添えて。
またそういう、しょうがないものだけは料理上手いし、と言う声が
聞こえるような、無音のような。

生きてたら、何歳だっけ、もう計算できなくなってきて
ずるいことに、永遠に34歳のまま。

生きてたら、絶対あまちゃん、見て盛り上がってただろうね。
クドカン大好きだったし、キョンキョンは絶対いい女優になるって言ってたし
この主役の子かわいいわ、って言ってただろうなぁ。

でも、そのあり得ない想像の中でも、やっぱりあの人は
部屋着を着ている、病気の姿のままで
無情にも、あの日時間を止めた事で、救われる気持ちが湧き出てしまいます。
ごめんなさい、これ以上書くと、心の扉が開いてしまいます。

ここに書いてない事、誰にも気持ちを告げてない事
深すぎて、言葉に出せない出来事が、
生傷すぎて、一生言えない事がまだまだあるのだけど
その中のひとつ、警察に逃げ込んだ時の事。
(遠い記憶で書いたような気もするけど、本当に書きたくないのは本署での出来事)

深夜2時ごろ、交番に逃げ込んだんです。理由は、分かりますよね。
その時交番のおまわりさんに言われた
第一声が
「ご主人、精神薬飲んでませんか」
でした。
はい、なんでわかるんですか、という私に言った言葉
「普通の精神状態なら、自分より弱い女子供に手を出す時抑止力が働くんです
それが出来ないってことがもう、普通じゃない精神状態で
だいたいの人が、病気で薬を服用してるんですよ」

だから、ありえないニュースを世界中で見るたびに
あーこの人もきっと、そうなんだろうな、と思い複雑すぎる気持ちになります。
こんな生き地獄を経験した事ない、普通の人には
この生き地獄が想像もつかず
精神論で説教したり、こんなやつは死ねばいいんだってすぐ言うけど
おまわりさんの言葉、普通じゃないから普通じゃできない事をしてるんだ
と、思っています。

普通じゃないから、自殺も、できるんだと、思います。
いや、「できる」なんて平仮名3文字で済ませるほど
簡単に誰一人、死んでいません。

でもみんな、言います。
今日もどこかで自殺した人に向かって
死ぬのは勝手だけど、周りに迷惑かけんなよな、とか
人身事故で電車が止まった日の、会社での周りの会話は
本当に聞きたくありません。
Twitterなんかも、よもや私が自殺遺族だとは知らない人々が
やいのやいの、と自殺者を冒涜するつぶやきを送り合って。

自殺がダメな事ぐらいみんな分かってて
何百回も何千回も自分に言い聞かせ止めようとして
誰でもいいから助けて、と声にできない救いを求め
誰かに求める事で、さらに傷つき、行き場がなくなり
ゲームセンターのコイン落としのように
どんどん崖に追いやられ
最後の一撃で、奈落の底へ落ちる。
みんなが押したから、コインは落ちたのに
落ちたそのコインを笑うんです
迷惑だって言うんです
死ぬ気になったらなんだってできたのに、って。

と、こうやって無差別に世間に言葉の矢を向けて発散させて
すっきりするどころか、また生傷がパックリ開いて
うじうじめそめそ。
どうやって生きて来たか記憶が飛んでるのだけど
そんな5年間でした。

そして、この
まーるいお顔のかわいい猫が
いつもそばに居てくれた。

こんなに辛い思いをして別れるなら、結婚なんてしなければよかったと思うけど
でも、一人だったら、あみをガス室から救えなかった
だから、こいつの命を救えただけ
二人の結婚は、意味があったんだと、そう思うよ、と
家を出てしばらくしてから、ぽつりとメールをもらいました。

だめだ、思いだしすぎて、辛いです。
蓋を、蓋をします。。。
2013年の命日、おしまい!


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2013.10.12

あみちゃん10月12日だね

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今年の4時の空にはもう月がでてます。
いつも飲んでたKIRINの氷結も、デザイン変わったのね。
五年もたてば当たり前か。

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2012.12.15

あみちゃんまた向精神薬なのかもね

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銃乱射や突発性の暴力事件の容疑者の共通点に
向精神薬の服用、と言うのが伝えられては揉み消され
今回のコネチカットの犯人も服用してた、との情報が。

映画館の乱射の犯人も向精神薬服用してたのに、いつのまにか話題は銃規制の方になるけどね。

犯人のお母さんは看病のため仕事辞めてた、という類の未確認ですが情報を聞くと
自分の経験と重ねて感じてしまいます。

暴言暴力は突然、ほんとに突然起こるのです。
さっきまで笑ってたのに。
暴れて暴れた最後決まって、殺してくれ、と。
あのままだったらいつか私が殺していたかもしれない。
ニュースの片隅で、夫婦けんかのもつれの末殺害、と報道されておしまいだったでしょうね。
誰かに相談しても、暴れるほど元気なら働かせな、甘やかすからそうなるんだよ、と私が批判されて。

そんなことを思い出す事件です。
被害にあった子供たちも本当にかわいそう。

向精神薬と銃乱射事件について(英文)

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2012.10.12

2012年の命日を迎えて

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2年前ぐらいから計画しては頓挫していた
命日をアメリカで迎える作戦。やっと今年遂行。

で、今年の命日に知った事。
4年前の今日夫は死んで
4年前の今日から、gleeって撮影開始したんですって。
ふふふ。って事はきっと
生まれ変わって、gleeに出てるよ!

何て、気休めは、言わなくていいですよぉ。
いるんですよね
ご主人はいつでもそばにいるよ、とか
アメリカに行くと言えば、きっとあとを追って行くはずだよ、とか。

なんとなく
サンタクロースをまだ居ると信じている子供が泣かないように
適当な事言ってる、テイで。

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もしも居るならねぇ
私が今日似たようなセーター2枚買った時に
いらないでしょう、と注意してくれたはずだし
私が今日ビュッフェに1人で行くというとんでもなく悲しい行為した時
いくら1人だからって、1人ビュッフェだけはするな、と
笑いながら阻止してくれたはずだし

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こんなにつまらない日常が4年も続くわけがないもんね
そばに居るなら。

何度この事をつぶやいても一向におもしろい日には、ならないですね。

海に行ったりしてみたり。
バージニアビーチみたいに絵になるねぇ。
でも2人とも、海は汚くて臭いから、嫌いだったはず。
天国は、静かな海に囲まれて、いつでも穏やかに過ごせる場所だと聞いた時も
海はたまに見るからいいのであって、毎日はきついよね、と
話した事あったっけね。

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天国とは
渋谷みたいな場所で
本屋にも古着屋にも、たまに行けて
そして毎日毎日遅くまでお仕事たくさんできる、
そんな場所であって欲しいな、と思います。

健康な体が、彼に戻っていてくれれば
それが1番嬉しいなぁ。
私の1人ビュッフェを阻止しに来なくていいから
健康な体を、天国でもらえていますように。

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(砂がついて気持ち悪いって怒られそうだから手の上)


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2012.07.17

あみちゃんと思うこと

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大津の件が報道されるたび、自殺自殺を連呼され
びみょーな空気が漂います。

今回だけじゃなく、いつでも言われる自殺はしたらだめ
明るい未来が待っているんだから
に関して、私はこの言葉だけは言えないですね。

いつ来るか分からない一回の明るい未来のその前に
地獄の苦しみが十回来るかもしれない。
大抵の自殺した人は、もうその一回ですら耐えられなかったのだと思います。

私が思うのは
いじめでもうつ病でも
とにかく健康な人、追い詰められてない人が
彼らに手を差し伸べてあげること
これしか思いつきません。

いじめを受けてる人に死ぬな、と言っても届かないけど
周りにいじめられてる人が居る時に支えになれれば少しは踏ん張れるかもしれない。
うつ病だって、周りの誰かが手を差し伸べる事で踏ん張れる事もある。

大津の子の命日がほぼ夫と同じなんですよね。。。
彼も、もう、プライドがズタズタだったのかな、と重なってしまいます。

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2012.06.11

あみちゃんヒカリエ見てきたよ

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何気に近づいたらT君通ってた心療内科のすぐ近くで退散。

死にたいなら自分で死ね、ね。府知事。
多分、うつ病だろうし、抗鬱薬の副作用症状とそっくりだよ。
私何度も包丁渡されたもの。
お願いだから俺を殺してくれ、と。
気分がおかしくなって怒鳴って罵って、最後はたいてい
殺してくれ、と。
そんなこと言わないで、なんて平静を装い足をマッサージしたりしてたけど
あのまま居たら私が殺したかもしれない。

そんな簡単じゃないのにね。
色んな意味で昨日の法要はムカムカした。
うつ病を軽く考えて自殺志願者に手を出した自殺対策の僧侶、だんまり決め込んで。

気を取り直し、リモワのビジネストローリーが欲しくて欲しくてしょうがない。

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2012.02.07

あみちゃんあの問題について語る

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■自殺の一週間前の写真です。

GKB47が不謹慎だとかで騒いで標語取りやめたりしてますが
なんて言うか、
そんなもんそもそも標語掲げて無くなるもんでもないし、
今回に限った話ではなし
不謹慎だとか分かったような事言ってる人だって
内心自殺なんて弱虫の負け犬のする事だと思ってるくせに
どっちもどっち。

この空の下に生きてた人が、
この一週間後自殺しました。
それまでの苦しみはブログ過去分お読み下さい。
それでもう十分なんじゃないでしょうか。
自殺月間なんてムダな事しないで。


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2011.10.12

2011年10月12日 3度目の命日

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あの人が居ない生活が当たり前になりすぎて、
会社でなんて、結婚してた事すら知らない人がほとんどで、
ずっと孤独だったような気になるけれど
確かに私の一時期、一番の味方がいたんだなぁ、と感じる命日です。

開くに開けない手紙があります。
私が先にアメリカから日本へ帰る時、T君がお別れの朝「日本に着いたら読んでね」と
渡してくれたお手紙。

中には、初めて出会った時の光景、毎日の普通の生活、
私が怖くて泣きながら雷雨のアパラチアン山脈を運転していた時助手席で大笑いしていた時の事
泣いたすぐ後に、広大な草原が見え遥か先に海が見え、二人言葉を失うほど感銘を受けた時の事
そんな日々の暮らしを綴り、日本に帰ってもいつも一緒だよ、と若くすっぱいお手紙です。

ずっと大切な手紙で、たまに読み返していたのだけれど
ある日を境に読めなくなりました。

鬱病がひどくなり、怒鳴られ罵られ、お前に出会って俺の人生台無しになった
そう気持ちをぶつけられると、いつもこの手紙が頭に浮かび
今目の前で発している言葉は本当の彼じゃない
あの手紙が本当の彼なんだ。。。そう自分に言い聞かせ踏ん張っていました。

今回アメリカに行った時、この手紙もパスポートに挟んで一緒に空を飛びました。
でも、読めなかった。封筒の文字を見るだけで、胸が痛くなった。
かわいそうで、かわいそうで。
いつかこの病気が治ったら、美紀子とアメリカに行って
バーガーキングとチャイニーズばっかり食べたいって願ってたのにね。

自殺なんてしたら遺された家族が一番かわいそう、なんて分かったような言葉を耳にするけど
遺された家族はこうやって3年しぶとく生きて、
しまいにはエミー賞見に旅行行くまで回復するのです。

一番辛いのは、死ぬほど追いつめられた自殺した本人。
遺族なんて、私を含め図太いもんです。毎年法要行くたびに思います。

自殺は家族が原因です。
国や会社を訴えたって何も変わらないと思う。
これは私がこの3年、心底感じた気持ちです。

夫も家族に問題を抱えていたし、その事に悩んでいたけれど
それでも、さすがあの人の親だな、と思えたのは
息子を殺したのは自分だ、と義父は言い
苦しんで苦しんだ末の自殺なのだから、と義母は言い
他人を責めなかった。

国が変わらなくても、一人が誰か一人に優しくなるだけで
救える命がきっとある。

彼は彼の過ごした半径何メートル以内の人が
本当の気持ち、辛さをあの死で気づいてくれれば
それで本望だったのではないかな。
特に義父が自分が殺したようなものだ、と言うなんて
驚きだと思います。

私は、、、誰かと早く再婚して子供を産めと言い残した約束は
まぁ不可能だけど、なんだかそれも、美紀子らしいね、と苦笑してくれそう。
再婚どころか、glee見て喜んでるしね。

俺の事だけを思い出して、と言われ死んでたとしたら
もっと息苦しく逃れていたかもしれないし、これは彼の言葉の作戦だったのかも
とすると、
もう一つ彼は大きな気持ちを遺して逝きました。

彼は私にも、致死量の薬を残して死にました。

これは後になって、あ、そういうことだったのか。。。と気づいたものなのですが
なんだか、私に無理して生きようとしなくていいんだよ、と言ってくれたことが
逆に、生きたかった人のぶんも生きたいと思うようになりました。

今年は健康診断で何度も怖い思いをして、そしてまだ検査が続いているし
何より、日本が大変な事になって、生きる事を問われた1年だったけど
大丈夫、なんとかなるって、という精神論で片付けたくなく
生きたかった人のぶん、命を繋ぎたいと、そう思っています。
世の中的には、自殺者の家族も自殺する、と思いがちですけどね。

あとは、私がなんとかこの3年、時に乱れながらも生きてこられたのは
このブログを通じて、コメントを残してくれた人
何も書いてはいないけど、きっと苦しい気持ちの中たどり着いたのだろうな
というような検索フレーズを残していった人
ただのglee好きでたどりついたのに、私の愚痴につき合わされ
鬱病や自殺者の事を知っていった人
そんなみなさんとの、私好みの距離感が心地よかったです。

すごく不思議なのですが、
なんで誰も荒れた意地悪なコメント残さないのでしょうね。
他の遺族ブログとか、たまに見ると、だいたい更新が止まってしまってて
相当荒れてしまってたり。

読者のみなさんより私が荒れているからでしょうか?えへへ。作戦です。

また1年が始まります。
来年の10月12日も、みんなが元気でいる事を願って。

20111012armitage


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2010.10.13

2010年10月12日の命日を終えて。

今日は、2回目の夫の命日でした。夕方4時ごろに命絶えたと、私は思っています。

命日に合わせて実はブログにアップしようと文章を書いていたのですが、読み返してみると、私の中から消える事のない怒りや恨みがあまりにもひどく、この文章はのせないようにします。

その代わり。
今回の引越しで出てきた、夫の手紙を少しのせたいと思います。
書いた日付は書かれていませんが、おそらく死ぬ半年以内のものと思われます。

---
美紀子へ

ここ数年、うつに悩まされて、病院も何回か代わったけど
それで分かった事は、うつ病という病気がまだまだはっきり解明されてなく
先生たちも手探り状態だということ。

だから抗うつ薬の副作用にしても、絶対に安全と言える先生はいない。

もしもいたとしたら、よっぽどのヤブ医者でしょう。

幸い、ここ2ヶ月は体調がいいです。
6月末頃までこれが続けば、仕事もできるし、抗うつ剤の量も少なくなるはずです。そうすれば、遅くても今年末には薬が必要なくなると思います。

とにかく今年末まで、一緒に我慢してください。
よろしくお願いします。

T
---

皆さんもご存知の通り、この文章の中の「今年末」に、この世にはもう夫はいませんでした。それに、夫は分かっていたんですね。抗うつ薬の、うつ病治療の不確実さを。それでももう、止める事ができなかった。

あれから2年。
日本のうつ病治療はどうなったか。

二度と精神科へ足を運びたくない私ですので、どんな医師がいて、どんな処方薬が出回っているのか、詳しくは知りません。

でも、よくよく見かける公共CMや政府のキャンペーンでは、眠れなくなったら精神科へ気軽に通うよう、抗うつ薬を気軽に呑むよう、メッセージを送っています。

だけど、今回家を購入するとき、私見ちゃいました。

住宅ローンを受ける際、団信という生命保険に入らないといけません。その申請書の中にこう書いてる項目がありました。

「1ヶ月以上精神治療薬を服用したことがある」

これにチェックしていると、住宅ローンは受けられないのです。銀行も保険会社も、本当は分かっているんですね。うつ病治療を受けるとその後、未知の体になってしまうことを。それを受けると、働けなくなる人がたくさんいることを。

あれから2年。365日が2周。
普通に過ごしていたら、あっという間だけれど、私にとってこの2年365日が2周は、本当に長く辛い年月でした。
それでも、夫がうつ病に耐えた年月の、半分にも満たないのです。

だから、本当に、あの人は強い人だったと、改めて思います。

ブログもいたって普通に、あみちゃんブログとして毎日更新し、しまいには朝ドラ批評もしてますが、「うつ病の夫が死んだはなし」は途中で話が止まったままですね。

書かなくてはと昔は思っていたのですが、年月がすぎるほど思い返す事が辛くなり、立ち直れなくなるので、申し訳ないのですが、あれ以上は書きたくありません。

ただひとつ、鮮明に覚えていることを書いておきます。

夫の職場の友達と上司が、すぐに翌日駆けつけてくれました。天津やシンガポール時代一緒に働いていた、彼の一番良かった時代を知っている人たちです。

職場を離れた後も連絡を取り合っていたので、私はよく名前を聞いて人たちです。初めて会ったのに、お互い前から知り合いのような気持ちになりました。

とても良い人たちで、だけど、彼らは知りません。夫が職場を離れ、どれだけ苦しみそして屈辱的だったか。メールや連絡がきて、最後に携帯を折りたたむ時の、夫の寂しそうな顔を、彼らは知りません。

だから、私の中から、湧き出るように、こんな言葉を言ったのを鮮明に覚えています。

これから、社会を形成していく、あなたたち世代の人たちが、この夫の死を忘れないでください。
社会が変わらなければ、受け入れなければ、この病気になった人はみんな、夫と同じ道へ進まないといけなくなります。

これを言い終えた時、私は号泣してしまってました。

私も働いているから、余計に分かるんですよね。
うつ病になった人の、抗うつ薬で体をおかしくしてしまった人の、社会の居場所がない事を。

企業はボランティアではありません。儲けなくてはいけません。役職についてる人にも上司がいます。経営者も常に攻め続けなければ他社に追い抜かれます。そんな時、体調に波があったり、朝起きれなかったり、そんな人はよほどの黒字経営じゃない限り、なかなか居場所は与えてもらえません。

でも、働かなくては生きていけないし、なにより社会の中に居る事、人の役にたっている事で、人は生きていけるのだと思います。

4年半社会に居場所がなくなった夫が最期に残した言葉は、俺もう、プライドずたずただよ、でした。

社会の経済の仕組み上難しいのは分かります。
それでも、私は願います。
うつ病に苦しむ人を、社会が受け入れてくれる日がくることを。

そして、うつ病自体、消えてなくなることを。

夕べ、窓の外にT君が居たのか、あみちゃんは何度も窓の外をのぞこうとしていました。夕方、T君がはじめて私に買ってくれたプレゼントのオルゴールが、突然なりだしました。オルゴールの曲名は”星に願いを”です。

もしも風や空の雲になったのだとしたら、テレビも見れなくてかわいそうだから、あの世なんてないほうが、あの日で彼の一生が終わっているほうがいいと思うのだけど、でもこうやって、そこに居るような気にさせてくれて、ありがとう。

3年目のはじまりです。
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