うつ病の彼が死ぬまでのはなし(12)
■3ヶ月の封印
今からはるか昔。16年も前の事。
アメリカの大学の学食で、彼と初めて出会いました。
私は一足先に入学していた日本人で、彼は日本からやってきてわずか3日目の、18歳でした。何をどうしてよいのか、戸惑っていた彼に、私から日本語で話しかけました。
その時、どの方角から光が差していて
彼が、何を着ていて
どの角度からの彼を見ていたか
すべて明確に覚えています。
一方彼は、まさか日本人に話しかけられるとも思っていなく、その上自分を見て笑いかけてくる私を、後に「天使が現れたかと思ったよ」とふざけて話していました。
初めて会った時に、長い付き合いになるような、そんな気がしていました。
その頃、尾崎豊が亡くなったばかりで、高校の頃から好きだった彼は、尾崎の死に感化され、こう言っていました。
「オレが死ぬときは、出棺のとき、尾崎のシェリーで見送ってね」
18歳の彼が、自分が死ぬときに流す曲を私に注文する。
まさか、本当に見送る時が来るなんて。。。そうだね、シェリーを流してあげようね。
警察での対面を終え、彼は解剖のため別の場所へ連れていかれました。その間、彼の実家へ皆で向かいました。「美紀子、最期の日まで泊まりなよ。T君のそばに居たいでしょ」義姉がこう言ってくれるまで、私は葬儀にも参加できるのか、不安でした。
彼の実家の2階では、みなが集まり泣いています。私はなるべく輪に入らないよう、家の中をうろうろしていると、義姉の小学校1年になる娘があみちゃんのお絵かきして、となついてきてくれました。よかった。本当は居場所がなかったのです。しばらく、子守です。
あみちゃんのお昼寝。あみちゃんのジャンプ。書くたび、きゃっきゃと喜んでくれます。彼に似ているのです。彼もこの子をとてもかわいがっていました。もしも子供がいたら、、、辛い想像です。
その時、言いました。
「夕べね。。。クックがずっと変な鳴き方してたんだよ。クーン、クーンってずっと鳴いてたの。誰か来たのかねって話してたの。」彼が子犬の頃からかわいがって育てた犬の事です。
ああそうか。彼、会いに来たんだ。
そしてやっぱり、前の日の朝、私の家の窓が二度叩く音がしたのも、彼だったのでしょう。会いに来てくれたんだね。こんな事って、本当にあるんだ。。。
今頃、解剖されてるんだろうな。。。怖がりだから、やだやだって逃げてるんじゃないかな。がんばれT君。ちょっとの辛抱でみんなのもとに戻れるよ。
この間、私も一旦自宅へ戻り喪服や必要なものを取りに帰りました。途中、尾崎のシェリーを探してみたけれど、最近のCDショップはもう尾崎のコーナーも少なくて、どこにも売っていませんでした。
しょうがない、焼き鳥で許してもらおう。晩酌に必ず無いと怒る、焼き鳥と、もずく酢と、かつおニンニクと、焼酎4本を買いました。この焼酎4本目を飲みだす頃には、いつも暴れてきてました。なるべくお酒を飲まないで欲しくて、彼がトイレに行く隙に、私はこの焼酎をこっそりガブ飲みしてたので、おかげで私までお酒が強くなってしまって。
戦いぬいたな、うつ病と私たち。
家に戻り、喪服を出し、棺の中に入れたいものを探しだしました。どっちかが先に死ぬ時はこれもってくでしょう、と彼が言っていた、槇原敬之のファーストアルバム歌詞カードに二人の名前宛に書いてもらった本人のサインをまっさきに取り出しました。「死ぬまでマッキーの昔の曲は封印だね、辛くて聴けないよ」離婚届けを役所に出した帰り道言ってたけど、3ヶ月で封印のヒモをほどく日が来ちゃった。。。
そして、3ヶ月ぶりに、結婚指輪を左手薬指にはめました。結婚中、この指輪を見る時、辛すぎてこの結婚は意味あるのだろうか、そう悩んでいたけど、やっぱりこの指にこの指輪を付けるとうれしくなります。
旦那が死んだ日。
また奥さんに戻れた日。



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