うつ病の旦那が死んだはなし(10)
■遺体となって
警察車両が止まっている彼のアパートでは、雨の中、警察官数人が出入りしていました。その横で、傘もささず、立ちすくんでいる彼の家族。
最期の連絡を受けた日、彼の家族から受けた言葉、私が発した言葉。それもあって、すぐにアパートのそばに歩いては行けませんでした。アパートの中を見る勇気もありませんでした。どしゃ降りの雨の中、私は電柱の影で隠れながら、一歩が踏み出せないでいました。
すると、私の肩を抱く人が。義父でした。言葉は特に、無く、私をアパートの方へ、連れて行ってくれました。
あなたのせいよ。あなたが殺したのよ。こう言われるのではないか、アパートの中はのぞかないよう、下を向いて彼の家族の元へ近寄りました。
義母は、玄関前のコンクリートに座ってます。
「ごめんなさいね。。。こんなことになっちゃって。私、震えが止まらないの」
座っているのではなく、立てなくなっているのです。
義姉は、警察に聞かれたことに冷静に答えています。葬儀屋や、死体解剖の許可書のサインなど、一見気丈にこなしているように見えました。でも、私の姿を見ると、
「美紀子、ごめん。。。」泣きだしました。
「ううん、イヤな仕事させちゃって、ごめんね。」
私はそう答えるのが、精一杯です。
みんな、彼が生きることに賭けたんです。見捨てた人など、誰もいない。誰も誰のことを責めない。多分その場にいた全員、自分のことだけを責めていたはず。
彼を最初に発見したのは、義母でした。内鍵のすきま数十センチの間、倒れている足を見ても、「まだ寝ているみたいよ」と恐ろしい現実を否定していた彼女。警察を呼び、内鍵を壊し入り、「もう冷たくなってます」この言葉を聞かされ、そこからずっと震えが止まらなくなったそうです。
「お前は絶対に俺のアパートへ来るな」
この言葉はきっと、母親に見つけて欲しかったのだろうと思います。
自分の辛さを、一番に理解して欲しかったのが、自分の母親だったのでしょう。「俺は、俺を生んだ母親にさえ、この病気を分かってもらえないんだ。その辛さお前に分かるのか」暴れる時よく彼が口にしていました。そう言いながら、この体が憎い、自分で自分の体を殴った事もありました。
時に、血縁家族のほうが理解しにくい、難しい病です。うちの子に限ってそんな病気になるはずがない、気の持ちようでそんな病気治るわよ、どこの家庭でもそう思ってしまうそうです。だから余計、家族の前では元気なふりをし続けてしまうのです。
苦悶の死に顔を私は見ずに済んだ分、義母の受けた衝撃は、計り知れません。死をもって、辛さを見せ付けた彼。私には、ある程度予測された事態であっても、彼らにとっては、不測の事態。突然訪れた、最悪の結末。立てなくなるのも、当然です。
みな呆然としながらしばらく時は過ぎ、そしてアパートの中から、白いビニールシートに包まれた彼が運び出されました。確かに、彼の姿かたちをしています。私の夫です。彼らの自慢の息子です。でももう、ここからは、遺体と呼ばれるのです。
雨は、彼の上にも降り落ちています。濡れちゃ、いやだ。飛びつき傘を差してあげたかったけど、彼の家族より先に近寄るのは、ルール違反な気がして、がまんしました。でも、どうしても近くへ行きたくて、乗せられた車両のそばへ行って見ました。中をのぞきました。やっぱり、動きません。
もう、感情が沸きません。言葉も出ません。涙なのか、雨なのか、判別もつかないほど、私も濡れていました。気づいた時には、彼を乗せた車は静かに警察へ向かってしまいました。
雨降る中、会話はまったくないまま、我々も警察へ歩き出しました。


